2012年4月29日のボイル先生の説教は「信仰の『ポンプ』に呼び水をする」という題でした。その中で引用された「デザート・ピート」のお話を紹介します。
「ある人がアリゾナの砂漠に迷い込み、大変困った状態になりました。持っていた水がなくなり、どこにも水が見当らなかったのです。そのままでは死んでしまうという状態の中でさまよっているうちに、昔掘られた井戸に遭遇しました。手で動かすポンプも付いていたのでそれに最後の望みをかけました。しかし渇き切っていたので呼び水を入れないことには水を揚げることができない状態でした。そのとき、ポンプに縛り付けてあった缶に気が付きました。缶の蓋を開けてみると中に次のような手書きの手紙が入っていました。
『1932年の6月にこのポンプを点検した時は大丈夫でした。新しい皮のワッシャー(座金)をつけたので少なくとも5年間はもつはずです。しかしワッシャーが渇くので十分湿らさないと水は揚がりません。近くにある白い石の下に呼び水を入れたビンを埋めておきました。このポンプに呼び水をするには十分ですが、先に飲んでしまえば足りなくなるかもしれません。呼び水をするのに、まず、水をゆっくり注ぎ込み。皮のワッシャーを湿らしてください。そして柔らかくなってから、残りの水をポンプに注ぎ込みながら一生懸命ポンプのハンドルを動かしなさい。必ず水が出ます。信じてください。そして、あなたが必要としている水を十分汲み上げてから、水をビンにいれて、しっかりとふたをして、次の人のために準備してください。デザート・ピート(砂漠のペトロ)より。
追伸:その水を先に飲むんじゃないよ!それをポンプの呼び水として使えば、たくさんの水が出るのです』」
ボイル先生は、信じることとリスクの相克で悩む信仰というものの基本をうまく言い表しているということでこの呼び水の挿話を話されました。のどの渇きを一時的に解消するのか、それとも命がけでその水をポンプに注いでみるのかという決断が、聖書的な信仰には要求されるということです。会衆一人ひとりが自分の信仰について思い返すために、大変貴重な、印象深いお話でした。
ちなみにデザート・ピートの話しは1960年代にキングストン・トリオというフォークグループの人気の歌で広く知られるようになったそうです。